千葉地方裁判所 昭和57年(行ウ)6号 判決 1986年5月28日
原告 岩野安成 外七名
被告 市原市長
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(昭和五七年(行ウ)第六号事件)
一 請求の趣旨
1 被告は、学校法人帝京第一学園が市原市姉崎地区に設置を予定している仮称帝京大学医学部附属市原病院の用地造成費用及び附帯工事費用に充てるために、市原市の公金を支出してはならない。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(昭和五八年(行ウ)第一一号事件)
一 請求の趣旨
1 被告は、市原市が、学校法人帝京第一学園が市原市姉崎地区に設置を予定している仮称帝京大学医学部附属病院を誘致するため取得した、別紙物件目録記載の土地六四筆を、同学校法人に無償譲渡してはならない。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二両事件についての当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、いずれも千葉県市原市(以下「市原市」という。)の住民である。
2 市原市は、学校法人帝京第一学園(以下「帝京大学」という。)が市原市姉崎地区に設置しようとしている仮称帝京大学医学部附属市原病院(以下「帝京大学附属病院」という。)の用地予定地である別紙物件目録記載の土地六四筆(以下「本件土地」という。)を、市原市の公金をもつて取得済みである。そして、被告は、帝京大学附属病院の用地造成費用及び附帯工事費用に充てるため市原市の公金を支出すること(以下「本件公金支出」という。)を予定するとともに、本件土地を帝京大学に無償譲渡すること(以下「本件無償譲渡」という。)を予定しており、本件公金支出及び本件無償譲渡(以下、この両者を一括して呼称するときは「本件公金支出等」という。)のなされることが相当の確実さをもつて予測される。
(一) 昭和五六年三月、市原市議会は、定例議会において、「帝京大学医学部附属病院誘致に関する決議」を可決した。
(二) 右決議に基づき、市原市は、昭和五六年一一月一〇日、帝京大学との間に左記内容を骨子とする「総合病院の新設に関する基本協定書」を締結した。
設置の場所 市原市姉崎地区
用地取得等 病院用地約六万五〇〇〇平方メートルを市原市が取得し、整地のうえ、昭和六〇年七月ころ、帝京大学に無償譲渡する。
附帯工事 病院用地に至るまでの取付道路、上・下水道及び排水路の整備を市原市が行う。
(三) 市原市は、右基本協定書に続き、細目を定める附属協定を締結して、右病院用地取得等の費用及び附帯工事の費用として金二〇億円以上を支出することを予定し、このうち金一二億一三二二万七〇〇〇円については昭和五七年度予算に病院対策費として計上し、本件土地を既に取得済みである。
3 本件公金支出等の違法性
(一) 本件公金支出等は、私立学校に対するものであるから、憲法八九条後段に違反する。
憲法八九条は、「公金その他の公の財産は、……公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」と規定しているが、右は、単に国費、公費の濫費の防止や私的な慈善、教育等の事業の自主性に対する公権力による干渉の危険の排除というだけではなく、その前提において、思想、良心及び学問における公権力の公正、中立性を財政面から確保し、実現することを目的とする制度的保障規定として理解すべきである。右立法趣旨からすれば、「公の支配」の内容、程度は、単に公金支出に対する規制に止まらず、教育等の事業において、国・公立のそれと同様に、特定の宗教教育や思想、信条教育を行うことができないような規制を意味し、換言すれば、「公の支配」とは、その基本的前提において、教育等の事業において思想、良心及び学問に対する国家等の公正、中立性が制度的に担保される形態で運営がなされている状態を指すというべきであり、具体的には、人事、予算、事業の執行について公権力の支配が浸透するものがそれにあたるというべきである。
このような観点から私立学校を見れば、私立学校においては、国・公立の学校よりも自由かつ自主的に管理運営し得る立場にあり、設立者の建学の精神が強調され、独特の学風が特に尊重されるのであつて、そこでは、国・公立の学校においては許されない特定の宗教のための宗教教育その他の宗教的活動も認められ(教育基本法九条)、特定の信念、主義、思想教育も認められる。したがつて、私立学校は「公の支配」に属するとは到底いえず、私立学校に対する一切の公的助成は憲法八九条後段に違反するというべきであるから、本件公金支出等もまた違憲である。
なお、被告は、私立大学の附属病院の医療事業に対する援助は教育事業に対する公金の支出に当たらないかに主張するが、医学部附属病院は、大学の教育研究機関であり、そのために外来患者の診療を行うものである。現代医学教育においては、大学の講義、演習等の教育にとどまらず、それと密接不可分な関係において附属病院における臨床的教育機能が重視されている。また、教育事業における教育の面と附随した側面すなわち附随事業とは不即不離の関係にあり、教育の面を切り離して附随事業のみを助成することは不可能であつて、附随事業の助長を目的とする助成であつても必然的に教育の面に対する援助の効果を伴うものである。したがつて、助成主体の主観的意図はともかく、附属病院設置に対する助成は、憲法八九条後段の公金の支出に当たると解すべきである。
また、被告が指摘する学校法人(私立学校)に対する公的規制の程度では、憲法が要求する「公の支配」の要件を充足しているとはいえない。現代の社会では、どんな事業であつても多かれ少なかれ法的な規制があり、公権力の監督が及んでいる。とくに国民の生命、身体、環境、経済生活に重大な影響を与える事業に対しては、多くは免許制度が採用され、事業の規模、運営に対して広範な公的規制がなされている。被告の主張する程度の公的規制によつて学校法人(私立学校)が「公の支配」に属するとすれば、公益法人はもとより銀行、保険、食品、薬品等の株式会社も「公の支配」に属するという常識外れの結論を承認せざるを得ないが、このように解すると憲法八九条後段は殆ど意味のない規定となる。
(二) 仮に、私立学校に対する公的助成が違憲ではないとしても、それには助成目的及び助成態様の両面からする憲法上の限界があり、本件公金支出等は、それをはるかに逸脱しており違憲である。
(1) 助成目的
憲法八九条後段の制限の下に、私立学校に対する公的助成が認められるのであれば、それは憲法二六条に定める教育の充実という要請を満たす場合に限定されるべきである。教育振興以外の目的を有する公的助成が認められるとすれば、私立学校の存立の基礎というべき特定の思想、信条、宗教等の助成を目的とするものをも許せざるを得なくなり、憲法八九条後段の立法趣旨に反する結果となるからである。
(2) 助成態様
特定の私立学校に対し巨額な公的助成が許されるとすれば、当該私立学校運営の基本となつている特定の信念、主義、思想を国家等が助長する結果となり、思想良心の不可侵(憲法一九条)、学問の自由(憲法二三条)を侵害する結果となる。それゆえ、私立学校に対する公的助成は、一定の基準に基づき平等かつ一率に実施されなければならず、この助成の要件に反するときは、憲法八九条後段に違反するというべきである。また、公的助成の主体たる国又は地方公共団体が何ら具体的な監督権を有しない私立学校に助成できるとすれば、公金の支出につき納税者に責任を負うことができないから、このような助成も憲法八九条後段が禁止しているところである。
(3) 本件の場合、市原市の助成目的は地域医療の振興にあり教育振興の目的が殆どないこと、市原市では私学助成につき定めた条例等の一定の基準もなく帝京大学に対してのみ巨額の助成がなされるのであること、右助成につき市原市が何らの監督権を有していないことにおいて、本件公金支出等は、公的助成が許される憲法上の限界をはるかに逸脱しており、憲法八九条後段に違反する。
(三) 本件公金支出等は、その目的、態様、金額から見て、私立学校法(以下「私学法」という。)五九条及び私立学校振興助成法(以下「助成法」という。)に違反する違法なものである。
(1) 助成目的
私学法五九条は、「国又は地方公共団体は、教育の振興上必要があると認める場合には、別に法律で定めるところにより、学校法人に対し、私立学校教育に関し必要な助成をすることができる。」と定め、右規定を受けて具体的に助成方法を定める助成法は、「私立学校の教育条件の維持及び向上並びに私立学校に在学する児童、生徒、学生又は幼児に係る修学上の経済的負担の軽減を図るとともに私立学校の経営の健全性を高め、もつて私立学校の健全な発達に資すること」を目的としている。したがつて、国又は地方公共国体が私立学校に対し助成できる場合は、教育振興に主たる目的があるときに限られるところ、本件の場合、市原市は主に地域医療の振興を目的として帝京大学への助成をするものであるから、助成目的において右各法律に違反している。
(2) 助成態様
助成法は、国は大学、高等専門学校へ、都道府県は高等学校以下へ助成すると定め(同法四条、九条)、所轄庁が管轄内の私立学校に助成することを認めている。これは、学校法人の管理・運営の監督、教育振興については専ら所轄庁が関与しているものであり、所轄庁以外は当該学校法人に何ら関与もせず、また監督権を有していないことから、所轄庁が監督下にある学校法人に助成するのでなければ公金支出につき納税者に責任を負うことができないことになるからである。したがつて、地方公共団体が管轄外の私立学校に対して助成することは許されておらず、本件の如く、市原市が管轄権を有しない帝京大学へ助成をすることは禁止されているというべきである。
ちなみに、助成法制定以前の私学法旧五九条においては、助成主体が全て「国又は地方公共団体」とされており、助成を受ける学校法人も大学等と高等学校以下の区分もされず、同条五項の規定とあいまつて所轄庁以外がなす助成も認められていた。これに対し、助成法においては、助成主体を国と地方公共団体とに分離し、助成を受ける学校法人も大学等と高等学校以下の区分がなされ、ここに私学助成は所轄庁が監督下にある学校法人に対し行うという関連づけが明確にされ、所轄庁以外の助成を前提とした条文は不要となり同条五項は承継されず削除されたものである。したがつて、助成法一〇条は、国は同法四条、八条に規定するほか大学又は高等専門学校に対しその他の助成を行うことができ、地方公共団体は同法八条、九条に規定するほか高等学校以下の学校法人に対しその他の助成を行うことができる旨定めた趣旨と解すべきである。
(3) 私学法及び助成法は、学校法人に対する経常的助成のみを原則として許しているのであつて、本件のような資本的助成を許す趣旨で規定されているものではない。
すなわち、私学助成は、憲法八九条後段の要請から、思想、良心及び学問に対する国家等の公正、中立性をおびやかすおそれをあらかじめ排除しうる制度を設定することができるという厳格な限定の下において許されているため、助成主体の恣意的判断によつて左右されず、民主国家における一定の基準に基づき一律的かつ平等に実施されなければならない。助成法一〇条の規定に基づく助成についても、右憲法の要請からみて、一定の基準に従い、思想、良心および学問に対する国家等の公正、中立性がおびやかされない程度における助成態様及び助成額で平等に厳格な限定の下に実施されるべきであり、具体的には、ピアノ・理科教育等の教材の補助、机・椅子等の設備の助成等、経常的経費に対する補充的な助成に限定されるべきであつて、本件の如き巨額の資本的助成を予想したものではない。
(4) なお、被告は、本件公金支出等が地方自治法二三二条の二を根拠とする旨を主張するが、私学法、助成法は、憲法八九条後段の趣旨を具体化した法律であり、公益上の必要性からする助成のうちで私立学校に対する助成のみを規定していることからみて、右各法律は、私学助成に関しては地方自治法二三二条の二に対する特別法であつて同条の適用を排斥しているものというべきであるから、地方自治法二三二条の二を根拠とする私学助成は認められないと解すべきである。仮に、私学助成につき、地方自治法二三二条の二の優先適用または競合適用を認めるとすると、公益の必要性の要件は教育振興の目的よりもはるかに範囲は広く、かつ、地方自治法に基づく公金の使途に対する監査は、私学法、助成法のそれよりもはるかに緩やかであるから、私立学校に対する助成につき私学法、助成法の適用の余地がなくなつてしまい、右各法律制定の趣旨は没却されることになる。
(四) 本件公金支出等は、医学部のない私立大学に対する関係及び市原市内の開業医、病院に対する関係で、憲法一四条に定める平等原則に違反する。
(1) 帝京大学と他の私立大学は、いずれも学校法人であり教育研究をその設立の目的とし両者の地位は同一であるが、もし、他の大学が市原市に進出するとしても、市原市が本件のような巨額な助成をすることは到底考えられないから、市原市は他の私立大学を差別して帝京大学のみを不当に優遇しているものである。
(2) 帝京大学と市原市の開業医とは、地域医療の面において同一の地位にあり、いずれも私人としての資格でその責任と危険を負担して医療業務を経営している。したがつて、本件公金支出等は、市原市において既に医療を開設する者あるいは今後開設しようとする者を不当に差別するものであり、この点においても平等原則に反する。
(五) 市原市の医療の現状から判断して、巨額の公金を支出してまで帝京大学附属病院のような大規模な病院を誘致する必要性に乏しく、本件公金支出等は、地方財政法二条、八条、医療法七条の二の趣旨に反し、著しく不当であり違法である。
(1) 医療需要は単純に人口数に比例して増大するものではなく、地域の医療需要の充足度は、患者の発生率、疾患の種類、人口構成(年齢六五歳の老人が多いかどうか)、産業構造等々の種々の要因によつて判断すべきである。
<1> 市原市における医師数は、原告らの調査によれば、常勤医一五二名、非常勤医を含めれば二四八名の多数となる。皮膚科、泌尿器科、眼科、耳鼻咽喉科の分野での専門医数は、皮膚科三名、泌尿器科三名、眼科五名に非常勤医二名、耳鼻咽喉科六名である。
<2> 市原市は京葉工業地帯の発展に伴い千葉県内でも有数の人口急増地域であり、これらの流入人口の大半が若年層であることからその人口構成は若年層が多く老齢人口が少ないという特徴を有している。老齢人口比率が低いことに起因して、市原市内の病院の病床利用率は七六・一パーセントであり、全国平均を大きく下回る結果となつている。
<3> 千葉市と市原市は合わせて人口一〇〇万人の医療圏を形成しており、仮に市原市内の一定地域で十分に対応できない疾病であつても、最長わずか一五分で同一医療圏内の市原市の他の地区または千葉市の病院において対応できる臨床態勢が確立されている。
<4> 帝京大学附属病院を誘致する前提として、市原市は昭和五四年一〇月一日の人口二一万二八七三人が昭和六五年に三二万四〇〇〇人になると推定するが、昭和五五年一〇月一日の人口は二一万六三九四人であり、市の推計値の三分の一程度の増加にすぎない。
<5> 市原市のかような医療需要に対応するためには、市民病院の拡充強化、医師会病院の建設等、公費負担の少ない代替案も十分考えられるし、隣接市の大学病院や労災病院等の効率的利用を図るなどすることで十分である。
<6> 巨額の公金を支出しても税収の増加は全く期待できず、却つて私立大学附属病院の行う過剰診療によつて患者の負担が増加し、市原市の国民健康保険事業の破綻を招きかねない。
以上の諸点からすれば、財政状態の逼迫している市原市が巨額の公金を支出してまで帝京大学附属病院を誘致する必要性に乏しく、地方財政法二条、八条の趣旨に反する著しく不当な公金支出である。
(2) 医療法七条の二は、医療供給は民間医療機関を主体とし、公的病院は補完的な役割を果たすべき旨を規定しているが、市原市は、この医療法の規定の趣旨を無視し、民間医療機関の現状を分析せず、またその増加率も全く考慮しないで安易に帝京大学附属病院を誘致しようとするものであり、同法七条の二の精神に反する。
4 以上のとおり、被告が、違憲・違法に本件公金支出をし、かつ、本件無償譲渡を行うことが相当の確実さをもつて予想されるが、かかる公金の支出及び無償譲渡がなされた後にそれによつて市原市に生じた損害を回復するためには、被告個人にその補填を求めるか、帝京大学からこれを回収するかのいずれしかない。しかし、右損害の金額(二〇億円以上)からみて、その回復は到底実現不可能ないし実現困難である。したがつて、本件公金支出等により市原市に回復の困難な損害を生ずるおそれがあることは明らかである。
5(一) 原告岩野安成、同伊藤安兼及び同小野可祝は、昭和五七年一月一四日、原告木村泰人、同内藤宏高、同麻生政義、同大木憲及び同藏内祥博は、同年二月九日、それぞれ本件の違法な公金支出を未然に防止するため市原市監査委員に対し地方自治法二四二条一項に基づく住民監査請求を行つたところ、原告岩野らに対しては昭和五七年三月一五日付けで、原告木村らに対しては同年三月三〇日付けで、監査請求は理由がない旨の監査結果がそれぞれ通知された。
(二) 原告らは、昭和五八年六月二〇日、本件無償譲渡を未然に防止するため市原市監査委員に対し地方自治法二四二条一項に基づく住民監査請求を行つたところ、同年八月一〇日付けで監査請求は理由がない旨の監査結果が原告らに通知された。
6 しかしながら、原告らは、右各監査結果に不服があるので、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき被告に対し、本件公金支出の差止め及び本件無償譲渡の差止めをそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の各事実は認める。
但し、昭和五七年度予算に計上された病院対策費金一二億一二二二万七〇〇〇円は、用地取得費及び造成費である。
3 同3の各主張はいずれも争う。
4 同4の主張は争う。
5 同5の各事実は認める。
三 被告の主張
1 事実経過
(一) 千葉県の医療水準は、埼玉県、沖縄県に次いで全国都道府県のうち最下位から三位にあり、昭和五五年一二月現在の人口一〇万人当たりの医師数は、全国平均一二七・三人であるのに対し八三・九人となつている。そのため、久しく、住民から医療の充実が要望されていたが、これに応えて千葉県知事は県内の地域ごとの医療充実の具体的施策を検討するため昭和四九年九月二〇日付け依頼文書を県下市町村あてに発した。右依頼に基づいて、県下の保健所単位に、市町村、医師・歯科医師代表者、学識経験者及び住民代表の四者構成の医療協議会が設置され、市原市においても市原市医療協議会が発足した。
(二) 市原市の医療施設の実態は、人口一〇万人当たりの医師数は全国平均一二七・三人、千葉県八三・九人であるのに対して六二・八人、人口一〇万人当たりの病院一般病床数は全国平均七六五・九床、千葉県四六〇床であるのに対して五〇〇・九床(県内二六市中の一四位)、一般診療所病床数は全国平均二四六・二床、千葉県一四五・六床であるのに対して一一六床(県内二六市中の二二位)となつており、医師数一三六人のうち皮膚科一人、泌尿器科二人、眼科三人、耳鼻咽喉科三人(保健所届出数)であつて、これらの科目の専門医が極端に少ないという実情である。このような医療過疎状態を解消する方策として、市原市医療協議会は、昭和五三年三月三一日、被告に対して「昭和五二年度答申書」を提出し、総合病院の設置につき、第一案としては公私立医科大学附属病院、第二案として公共性のある総合病院を誘致すべきことを答申した。
(三) 右答申に基づいて、市当局は首都圏の公共性のある総合病院及び一四大学に対して市原市進出の意向を打診したところ、昭和五五年八月ころ、帝京大学が最も市に有利な条件で市原市に大学附属病院を設置してもよいという意向を示した。被告は、市原市医療協議会にその可否及び設置に伴う諸条件等の調査を依頼し、同協議会は、昭和五六年二月二七日、被告に対して「帝京大学医学部附属病院の誘致について(答申)」を提出し、一方、市議会は、同年三月一一日、「帝京大学医学部附属病院の早期誘致に関する決議」を全員一致をもつて可決した。
(四) 被告は、右答申及び決議を受けて帝京大学と交渉を重ねた結果、昭和五六年一一月一〇日、帝京大学との間に「総合病院の新設に関する基本協定書」を締結した。その主要な内容は、帝京大学側は、大学附属病院として内科ほか一一の診療科目の総合病院、二四時間体制の救急センター、人工透析の設備等を設けるとともに定員四〇名の高等看護学院を付置すること、市側は、請求原因2(二)記載の負担をすることである。
右協定に基づき、市原市は、姉崎地区において約六万五〇〇〇平方メートルの土地を取得して、これを帝京大学に対し附属病院用地として無償譲渡することとなり、初年度である昭和五七年度予算に金一二億円余を計上し、用地の取得、造成等の費用に充てることとなつた。
2 本件公金支出等の根拠
本件公金支出等は、地方自治法二三二条の二の規定に基づく補助と助成法一〇条の規定に基づく助成という二つの目的からなされるものである。本件公金支出等は、医療過疎解消のための病院誘致を目的とするものであるから、地方自治法二三二条の二の規定に基づくものであり、附随的に帝京大学の教育振興という目的を随伴するものであることから、助成法一〇条があわせて適用されるという関係に立つものである。
(一) 地方自治法二三二条の二に基づく補助
地方自治法二三二条の二の規定により、地方公共団体は、公益上の必要があるときは寄付又は補助をすることができる。私立医科大学附属病院は、大学の教育研究機関であるが、そのために外来患者の診療を行う点において対外的には医療機関としての機能を果たすものであり、前述した市原市における医療過疎状態の下においては、大学附属病院の新設は市民の医療過疎状態を解消し住民全体の利益となるものであるから、その誘致のため法定の手続を踏んだ上で市が用地等の提供をすることは右法条に適合するものである。また、道路、上・下水道及び排水路等の附帯施設は、当然のことながら一般住民の利用にも供されるものである。
(二) 助成法一〇条に基づく助成
助成法一〇条は、国又は地方公共団体が学校法人に対して補助金を支出し、又は通常の条件よりも有利な条件で財産を譲渡することを認めている。また、同条但書は、私立大学等に対する地方公共団体の助成については、地方自治法九六条及び二三七条から二三八条の五までの規定を準用しており、これを本件について見るならば、用地の取得及び附帯工事の施行に必要な予算の議決(九六条一項二号)、その契約締結のための議決(同条項五号)及び土地の無償譲渡のための議決(同条項六号、二三七条二項)の各手続を経なければならないのであるが、市原市としては事務の進捗に応じて右各手続を講ずることとしている。
3 本件公金支出等の違法性に対する反論
(一) 憲法八九条後段違反について
(1) 私立大学の附属病院は、開設者が学校法人であつて学校教育法の面から見れば大学の附属機関であるが、対世間的な面から見れば医療法人又は医師が開設する病院と同じ性質、機能を持つものであつて、学校としての大学と独立して病院としての機能を果たすものである。附属病院はこのように二面性を持つものであるが、国又は地方公共団体の私立大学附属病院に対する財政援助がそのいずれの機能に対して援助する目的で行われたかは事実関係に即して判断されるべきであるところ、本件公金支出等は、私立医科大学の附属病院に対しその医療機関としての機能性に着目して医療の振興を図るという公益目的のためになされるものである。
憲法八九条後段は、公の支配を受けない教育の事業に対する財政援助を禁止しているものであるから、本件公金支出等が附属病院の医療の事業に対する援助を目的としてなされるものであつて教育振興を図るという目的は極めて附随的である以上、憲法八九条後段違反の問題は起こり得ないものというべきである。
(2) 私立学校については、法律により学校、学部等の設置、廃止及び設置者の変更について所轄庁の認可を要すること(学校教育法四条、私学法五条一項一号)、法令の規定等の違反のあつたとき閉鎖を命じられること(学校教育法一三条、私学法五条一項二号)、学校の設備、編制について設置基準に従わなければならないこと(学校教育法三条)、校長、教員について厳格な欠格事由が定められているとともに所定の免許状を必要とし、校長を定めて所轄庁に届け出なければならないこと(学校教育法八条、九条、一〇条、教育教員免許法)、教科用図書は検定又は国定の教科用図書を使用しなければならないとともに、高等学校以下の教科内容は文部省所定の学習指導要領の基準によらなければならないこと(学校教育法二〇条、二一条)等の規制を受けている。更に加えて私学法において、私立学校の設置主体である学校法人について、(イ)資産については別に学校の施設及び設備等に関して規定する法律の定める要件を満たすことを要すること、(ロ)設立、寄附行為の変更及び合併については所轄庁の認可を必要とすること、(ハ)役員の定数が法定され、その選任について欠格事由その他の制限が設けられ、その基準が定められていること、(ニ)残余財産の処分方法についても制限があること、(ホ)解散事由についても所轄庁の認可又は認定を要すること、(ヘ)収益事業の停止を命じ得ること、(ト)法令違反等の場合において学校法人の解散を命じ得ること等の規定が設けられており、また、所轄庁は助成を受けた学校法人に対して、業務、会計の状況に関し報告を徴し、予算の変更を勧告し、法令違反等の場合において役員の解職を勧告することができ、勧告に従わなかつたときはその後の助成を中止することができるとされている。
したがつて、私立学校は公の支配に属するものということができ、設置者たる学校法人に対する助成は憲法八九条後段に違反しないというべきである。助成法の規定が憲法八九条後段に違反するとすれば、長年私立大学に対して行われてきた多額の補助金は違法であるという由々しき結果となる。
(3) 憲法八九条後段は、国又は地方公共団体が私立学校の自主性、独自性をそこない、もしくは思想、信条、学問の自由を制限するような目的ないし効果を伴う財政援助をすることを禁じたものと解すべきであつて、そのような目的、効果と無縁な財政援助までが禁止されるものではない。
(4) 助成法一〇条は、憲法二六条の定める教育の機会均等のための規定と解すべきである。国・公立の学校が公の財政によつて設立、運営されるのに対し、私立学校は授業料、入学寄附金等児童生徒の負担を財源とすることの当然の結果として、それだけに頼つたのでは設備の内容、教師の待遇、教育活動等が財政上の理由により国・公立の学校に比して劣後することは避けられず、反面父兄は重い教育費の負担を余儀なくされることになる。国又は地方公共団体の財政援助によつて両者の隔差が解消されるのであつて、助成法はそのような目的で制定されたものである。したがつて、私立学校に対する助成が特定目的のための一回的に行われると、一定の基準に基づき一律的且つ平等に行われるとにかかわりなく、助成法一〇条ないし同条に基づく助成は憲法八九条後段に違反するものではない。
(二) 私学法五九条、助成法違反について
助成法は、第四条において、国は大学又は高等専門学校を設置する学校法人に対して、教育又は研究に係る経常的経費について、その二分の一以内を補助することができる旨を規定し、第九条において、都道府県はその区域内にある小学校、中学校等を設置する学校法人に対して、教育に係る経常的経費について補助することができ、その場合には、国は都道府県に対し、政令の定めるところにより、その一部を補助することができる旨を規定しているとともに、他方、第一〇条において、右各条に定める経常的経費に対する補助のほかに、広く国又は地方公共団体が学校法人に対し、補助金を支出し又は通常の条件よりも有利な条件でその財産を譲渡すること等ができる旨を規定している。
右第一〇条は、国はその所轄する私立学校に対してのみ、地方公共団体はその所轄する私立学校に対してのみそれぞれ助成することができるという限定的な趣旨ではなく、国、地方公共団体ともに広く学校法人に対して助成することができることを定めたものであり、また、同条に基づく助成には特定目的のための一回的な助成も含まれると解されるのであつて、経常的経費に対する助成は適法であるが用地等の提供は違法であるとする見解は助成法一〇条の沿革及び文理を無視したものである。
(三) 本件公金支出等の不当性について
住民代表をもつて構成する市議会における議決は、市としての政策決定及び契約にかかる効果意思の形成に該当するものであり、原告らの主張は、その妥当性をいうにとどまり違法の問題とはかかわりがない。
第三証拠<省略>
理由
第一当事者及び監査請求前置
原告らがいずれも市原市の住民であること、原告らが、請求原因5記載のとおり、本件公金支出及び本件無償譲渡を差し止めるために必要な措置を求めるべく市原市監査委員に対し地方自治法二四二条二項所定の期間内に同条一項に基づく監査請求を行つたが、右各監査請求は理由がない旨の監査結果の通知を受けたものであることは、いずれも当事者間に争いがない。そして、原告らが、右通知を受けた日から三〇日以内に同法二四二条の二第一項一号に基づく本件各訴えを提起したことは、記録上明らかであるから、原告らによる本件各住民訴訟の提起は、いずれも適法である。
第二帝京大学附属病院誘致に関する経過
当事者間に争いのない請求原因2の各事実に、成立に争いのない甲第四号証、第五号証の一、二、第七号証、第八号証の一、二、第九、第一〇号証、第一二ないし第一五号証、第一六号証の一、二、第一七ないし第二七号証、乙第五ないし第一六号証(甲第一二ないし第一五号証、第一六号証の一、二、第一七ないし第二七号証及び乙第一六号証については原本の存在も争いがない。)並びに弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。
一 千葉県の医療水準は全国都道府県のうち下位にあり(厚生統計協会による調査統計によれば、昭和五五年一二月三一日現在における人口一〇万人当たりの医師数からみると、全国平均一二七・三人であるのに対し、埼玉県七七・六人、沖縄県七八・八人に次いで千葉県八三・九人となつている。)、休日・夜間診療、病院における外来診療の混雑、看護婦をはじめとする人手不足等々の問題が発生しているところ、これらの課題を解決して地域医療を確保するため、千葉県は、医療機関整備審議会の答申に基づき、県下の各市町村に対し、昭和四九年五月二一日付け書面をもつて、県下を一五の医療圏に区分し、それぞれの地域に医師会、歯科医師会、薬剤師会の各代表者、学識経験者、市町村の行政担当者及び住民代表から構成される地域医療協議会を設置することを指導し、市原市においても市原市医療協議会が発足した(原告木村泰人は、医師で、右医療協議会の委員(理事)であつた。)。
二 市原市は、数回にわたる市民アンケートの結果、総合病院に対する要望が強かつたことから、市原市における医療水準の実態を踏まえたうえで(千葉県衛生部による調査統計によれば、昭和五五年末現在において、人口一〇万人当たりの医師数は全国平均一二七・三人、千葉県八八・一人であるのに対し、市原市は六二・八人で県内二六市のうち一八位にあり、人口一〇万人当たりの病院一般病床数は全国平均七六五・九床、千葉県四六〇・〇床であるのに対し、市原市は五〇〇・九床で県内二六市のうち一四位であり、一般診療所病床数は全国平均二四六・二床、千葉県一四五・二床であるのに対し、市原市は一一六・〇床で県内二六市のうち二二位である。)、昭和五三年一月、市原市医療協議会に対し、総合病院の設置に関する諮問を行つた。
三 市原市医療協議会は被告に対し、昭和五三年三月三一日、「昭和五二年度答申書」を提出し、総合病院の設置については基本的な考え方として誘致を前提に検討すべきであるとし、その誘致については公・私立医科大学附属病院を第一案、公共性のある総合病院を第二案とし、関係機関に対しその誘致を強力にアプローチする必要があり、市は早急にその方針を基本計画に組み入れ行政市民一体のプロジエクトチームを編成し、土地先行取得など受入れ態勢を具体化して積極的に取り組むべきである旨を答申した。
四 市原市は、右答申を受けて具体的に検討した結果、市立の総合病院については、全国の自治体病院の例から見て医療費用が医療収益をはるかに上回り毎年巨額の赤字が出ていること及び医療スタツフを充実させることが困難であることから、市原市が直接総合病院を運営することは無理であると判断し、総合病院を誘致する方法を選択して、第一順位として国・公立の医科大学附属病院、第二順位として私立の医科大学附属病院、第三順位として公共性のある総合病院の順序で誘致の折衝をすることとし、昭和五四年一〇月ころ、国その他の関係官庁に照会したところ、国・公立の医科大学附属病院等については不拡大方針である旨の回答を得たため、次善の策として私立医科大学を目標として二、三の大学と折衝した結果、私立大学の経営も苦しい状態にあり誘致にあたつては何らかの助成をして欲しい旨の話があつたため、市当局としても誘致条件を提示しなければなかなかその実現を期し難い客観的状勢にあることを認識し、昭和五五年三月ころ、市議会及び市原市医療協議会に諮つたうえ、総合病院として四〇〇ベツトを想定して、その用地五万平方メートルの提供、その用地の整地造成、上・下水道、排水路の整備等の誘致条件を設定した。
市原市は、昭和五五年四月一日、機構改革により市役所環境衛生部に病院誘致プロジエクトチームを作り、右誘致条件に基づいて、独協大学等の一四の私立医科大学、公共性のある総合病院として日本赤十字病院及び恩賜財団済生会病院と折衝したところ、右誘致条件に加えて、一定期間病院運営費の助成を求めたり、病院の建設も市原市が担当しそれを貸与することを求めたりなどの要請が数個の大学から出されるなかで、帝京大学が市原市の誘致条件に最も近い条件で附属病院設置の意向を示した。
五 昭和五五年七月二九日、帝京大学は現地調査をしたうえ、概ね市原市の示す誘致条件で進出したい旨の申入れをしたため、被告は、昭和五五年八月一九日、市原市三師会(医師会、歯科医師会、薬剤師会)の正副会長を集め、帝京大学からの病院建設の申入れにつき検討を依頼するとともに、同年八月二七日、市原市医療協議会に対し、帝京大学附属病院の誘致についての調査を依頼した。
六 医師会においては、(1)市原市における医師数は、医師会の調査結果によれば、昭和五七年一〇月一日現在、医師会に所属する医師が一〇八名、その他に常勤医四四名、非常勤医九六名の合計二四八名の医師が勤務していること、市原市では、臨海工業地帯に多くの若年者層が存在し、患者の発生率又は病気の慢性度の高い六五歳以上の人が昭和五五年度の調査で人口一〇〇〇名に対し六四人と非常に少なく、そのため病院の病床利用率も七五パーセント前後で全国平均を下回つていること、市原市は隣接の千葉市と一体となつて人口一〇〇万人に対する医療圏を構成していることなどから、市原市の医療需給関係は、大学附属病院のような大規模な総合病院を誘致する必要はないこと、(2)帝京大学では、医学部への入学生に比して卒業生が少なく、また板橋区にある附属病院の一〇〇〇床近くの病床のうち五割近くが空床になつているなど、帝京大学自体の体質に問題があること、(3)大学の附属病院では、高額な差額ベツトや高額医療等の問題があるため住民にとつてもプラスにならず、市の財政的負担が過重になることが予想されること等を理由に、帝京大学附属病院の誘致に反対し、市立病院、市民病院、医師会病院等の設立、誘致を検討すべきであるとし、昭和五五年一〇月一八日、臨時総会において、帝京大学附属病院の誘致には賛同し難い旨の決議を行つた。また、市原市医療協議会の審議の場においても、土地、建物、医療機器等を行政側が負担し、病院運営を医師会で担当するという構想の下に、病床三〇〇床の規模でセミオープン式の医師会病院の設立を対案として提示した。
七 これに対し、市原市医療協議会は、一〇数回の会合を重ねたうえ、医師会委員四名の欠席のまま、昭和五六年二月二七日、被告に対し、帝京大学医学部附属病院については誘致することは止むを得ない旨の答申を行つたが、誘致にあたつては(1)地域医療との具体的協調策及び(2)不履行の担保責任について慎重に対処することを求め、また、医師会から提起された医師会病院の構想については今後の問題として継続的に取り組むべきものとした。
他方、市原市議会は、昭和五六年三月一一日、「帝京大学医学部附属病院の早期誘致に関する決議」を超党派で議決し、その中で、医療施設の充実は二二万市原市民にとつて長年の切なる願望であり現下における市政の最大課題であつて、医療協議会の答申に沿つて地域医療との具体的協調策を推進し、帝京大学医学部附属病院を誘致するよう要請した。更に、同市議会は、同年八月六日、「帝京大学医学部附属病院誘致に関する声明」を賛成多数で行つた。
八 帝京大学は被告に対し、昭和五六年九月一日、「帝京大学医学部附属市原病院計画書」を提出し、帝京大学の卒業生(有資格者)の臨床、研修病院の拡充を図り、併せて地域医療に貢献することを目的に市原市に分院の進出を決定したとしたうえ、患者の早期社会復帰を目指す一貫性と連続性をもつシステムで、地域需要に即応でき同時に既存医療機関と共存共栄の役割を果たす総合病院とすることを基本計画とし、歯科を除く内科のほか一一科目の診療科目を網羅した総合病院として最終的には五〇〇床の病床数を予定し、医療スタツフは帝京大学の教授、助教授、講師の中から優秀な医師を派遣するとともに、定員四〇名の高等看護学院を附置し、医療設備については、機能高度化の社会的要請に応えるため、γ線照射室装置、アイソトープ治療室装置をはじめ、O・T・スキヤナー、大型X線装置、血液透析装置等の高度の医療機器を備えた機械化、自動化、効率化を指向し、救急に際しての輸送機関として敷地内にヘリポートを備え、二四時間勤務体制の下に救急センター、人工透析、ICU、CCUの特別施設を設置する、計画敷地としては、地域環境から見て自家用乗用車利用による来院者がかなり多い事が見込まれ、他方、ヘリポート設置用地、看護婦・医療従事者用宿舎、保育所、臨床研究棟等附属施設を含めて緑地と平地有効面積は概ね六万五〇〇〇平方メートルを必要とする旨を申し入れた。
九 被告は、帝京大学と交渉を重ねた結果、病院用地として当初約五万平方メートルとしていたのを約六万五〇〇〇平方メートルとしたほか、ほぼ前記市原市が示した誘致条件で合意に達し、昭和五六年一一月一〇日、帝京大学との間で「総合病院の設置に関する基本協定書」を締結し、こうして、市原市と帝京大学が協力して病院を建設し、帝京大学が管理運営するにあたつては、市原市の市民に対する高度の医療の供給及び地域医療水準の向上をめざし、あわせて医学教育の振興に寄与することを目的とすることが確認され、市原市は、病院用地を取得して整地し、病院用地外の上・下水道、排水路及び取付道路を整備し、帝京大学は、前記「帝京大学医学部附属市原病院計画書」に基づき病院等の医療施設を建築し、これを運営管理することとなつた。
一〇 市原市は、右基本協定書に基づいて、姉崎地区において約六万五〇〇〇平方メートルの土地を取得して、これを帝京大学に対し病院用地として無償譲渡することとなり、右病院用地の取得、造成等の費用に充てるため、初年度である昭和五七年度予算に金一二億一三二二万七〇〇〇円を計上し、既に本件土地を取得した。更に、市原市は、その他の必要な予算の議決、その契約締結のための議決、本件土地の無償譲渡のための議決等の各手続について、今後の事務の進捗に応じてこれを履践することになつている。
第三本件公金支出等の違憲性、違法性について
一 憲法八九条後段違反について
1 被告は、私立大学の附属病院は、大学の附属機関としての医学教育の機能を有するとともに、大学とは独立した病院としての社会的機能を有するという二面性を持つものであり、本件公金支出等は、後者の機能性に着目して医療の事業に対する援助を目的としてなされるものであつて教育振興の目的は極めて附随的であるから、憲法八九条後段違反の問題は起こり得ないと主張するので、まず、この点につき判断する。
学校法人の営む医学部附属病院は、対世間的な側面から見れば、外来患者の診療を行う等の点において、医療法人又は個人が開設する病院と同様の医療機関としての性質、機能を有するということができるが、同時に、現代医学教育においては、大学の講議、演習等の教育にとどまらず、それと密接不可分な関係において附属病院における臨床的教育機能が重視され、そのため、医学部を設置する大学には、医学部の教育研究に必要な施設として附属病院の設置が義務づけられており(大学設置基準四一条一項)、附属病院は大学における医学教育研究の重要不可欠な一環をなすものということができる。それゆえ、学校法人の営む医学部附属病院事業は、憲法八九条後段の規定する教育の事業に該当するものであり、また、附属病院に対する財政的援助は必然的に教育事業を助長するという効果を伴うものであるから、助成主体の主観的意図において、地域医療の振興を主たる目的とし、附属病院の医療機関としての機能性に着目して助成する場合であつても、その助成は憲法八九条後段の規律する公金等の支出に該当することを否定することはできないのである。したがつて、被告の前記主張は採用することができない。
2 そこで、本件公金支出等が憲法八九条後段に違反するか否かにつき検討する。
(一) 憲法八九条後段の趣旨
憲法八九条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」と規定し、前段において、宗教上の組織又は団体に対する公金の支出禁止を、後段において、公の支配に属しない慈善、教育又は博愛の事業に対する公金等の支出禁止を、それぞれ定めている。
右八九条が憲法第七章財政の中に位置づけられていることからして、同条は、国費・公費の濫費・乱用の防止を図り、公金等の支出が公正、適正に行われるべきことを一つの目途としていることは明らかである。しかし、公金等の支出が公正、適正であるべきことは、同条の列挙する事業に対するものに限られるわけではなく、かつ、同条に掲げられている宗教や教育と国との関係については憲法の他の箇所により原則的な定めがあることからして、同条もそれらの諸条文と関連づけて解釈されなければならないのであり、けつきよく、同条は、宗教や教育等についての憲法の原則的諸規定が保障している諸権利を、公金等の支出の規制という財政面から確保し、保障しようとするための規定であると解するのが相当である。すなわち、同条前段については、憲法は、二〇条一項前段、二項によりいわゆる狭議の信教の自由を保障するとともに、二〇条一項後段、三項により国家や公共団体等と宗教との分難を制度として保障することによつて間接的に信教の自由を確保しようとしているわけであるが、八九条前段は、財政制度の面から右の政教分離を保障しようとする規定であるということができる(最高裁昭和四六年(行ツ)第六九号同五二年七月一三日大法廷判決・民集三一巻四号五三三頁参照)。これと同様に、同条後段についても、私的な慈善、教育又は博愛の事業は、事業主体の信念、主義、思想等特定の意図に基づいて運営されるものであることから、国家等がこれらの事業に対し財政的援助を与えるとすれば、国家等がこれを通じてこれらの事業を統制することにより、その自主性を害するおそれがあり、他方、これらの事業の基礎となつている特定の信念、主義、思想等を助長する結果となるため、憲法は、思想・良心の自由(一九条)及び学問の自由(二三条)を保障するとともに、八九条後段によつて財政面から、私的な慈善、教育又は博愛の事業の自主性、独立性を確保し、もつて思想、良心及び学問に対する国家等の公正、中立性を確保しようとしているものと解することができる。
ただ、右のように解したからといつて、憲法が、国家等と宗教とのかかわり合いを全く否定したものとすることはできず、歴史的・社会的・文化的諸条件等に照らして一定の限度を超えると見られるかかわり合いを許さないとする趣旨に外ならないことは、前掲大法廷判決の判示するとおりであるが、国家等と私的教育事業との財政的かかわり合いについても類似の検証を必要とすることは、憲法八九条後段において、「公の支配」の有無という指標を採り入れていることからも明らかである。そして、同条にいわゆる「公の支配」の意味内容については、前記憲法一九条、二〇条、二三条の諸規定のほか、教育の権利義務を定めた憲法二六条との関連、私立学校の地位・役割、公的助成の目的・効果等を総合勘案して決すべきものと解されるのである。
(二) 私立学校の地位、役割
私立学校は、私人の客附財産等により設立され、管理運営されることを原則とするので、国・公立の学校よりも自由かつ自主的に管理運営し得る立場にあり、また、私立学校においては、建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針によつて社会的存在意義が認められ、そこでは国・公立の学校においては許されない特定の宗教のための宗教教育その他の宗教的活動も認められ(教育基本法六条)、特定の信念・主義・思想教育も教育基本法、学校教育法の認容する限度において認められるのである。
しかしながら、他方、学校は、国・公立であると私立であるとを問わず、学生の教育と学問の研究を目的とする公共的な施設であり、現代の公教育の系統の下において、私立学校は、伝統的な自主性を持つ反面、公的な性質を有するものとして系統的な学校制度の中に組み込まれている。すなわち、教育の普及は国家の任務の中で最も重要なものの一つとされ、そのため、学校制度が設立、運営されているのであるが、今日、私立学校は、そこの学校制度の重要な一翼を担つており、教育基本法(六条一項)及び私学法(一条)においても公の性質を有するものとされ、学校教育法においては私立学校を国・公立学校と均しくその法的規制の対象としているのであつて、かように、私立学校は国・公立学校とともに今日の学校制度の体系を形作つているところである。そして、かかる観点から、教育基本法、学校教育法、私学法、助成法等々の教育関係法規により、私立学校は、その設置、廃止、教職員の資格要件及び教育内容等について法的規制を受け、また、私立学校の設置主体である学校法人についても、その資産、組織、管理に関して法的に規制され、さらに、補助、貸付等の助成がなされた場合についても、法的規制を受けているのである(その詳細は、事実欄第二、三被告の主張3(一)(2)に摘示してある通りで、助成を受けた場合には、不当な使用がされないための監督の方策が定められ、問題があれば助成が打ち切られる制度となつている。)。
ところが、私立学校の助成的運営は、学生・生徒の授業料等の納付金といつた父兄の負担に負うところが大きいのであるが、これにも限界があり、加えて我が国の国情及び経済事情その他の種々の諸条件からして、私立学校の財政基盤は一般的に必ずしも安泰ではなく、特に第二次大戦後の国情下においては、私立大学の重要性が増している反面、その財政状況は非常に厳しいものとなつていると窺われるのであり、以上の事実は公知に属するところである。
(三) 憲法二六条一項の趣旨
憲法二六条一項は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。」と規定し、国民各自が、一個の人間なり市民として、成長、発達し、自己の人格を完成、実現するために必要な学習をする固有の権利を有することを前提に、国家等に対し、学習する権利を満足させるような条件を整備し、学習に価するような教育内容を提供することがその責務に属するものとしている(最高裁昭四三年(あ)第一六一四号同五一年五月二一日大法廷判決・刑集三〇巻五号六一五頁参照)。そして、前述のように、私立学校が系統的な学校制度の中に組み込まれ、私立学校の営む教育事業が公的な性質を有するものであること、にもかかわらず財政的援助を必要とする歴史的、社会的情勢にあることに鑑みれば、国家等が私立学校に対し財政的援助をすることは、むしろ右憲法二六条一項の要請に合致しているものというべきであるし、私立学校における教育の自由にも自ら限度があることを憲法が是認していると見るべきである。
(四) 私学助成と憲法八九条後段
(1) 原告らは、私立学校は公の支配に属しないから、およそ私立学校に対する公的助成は憲法八九条後段に違反するものであると主張するが、同条後段が学問の自由の制度的保障規定であるにしても、問題は、憲法が如何なる態様の保障制度を採用したかという解釈にかかつていることは、前述のとおりである。
そして、国又は公共団体の公的助成によつて私立学校における信教の自由を侵してしまうようなことが憲法上許されないことは多言を要しないし、私立学校に国・公立学校と同程度に人事面、予算面、事業執行面での公的規制を加えることは、私立学校の本質に反することも言うまでもない。
しかし、私立学校に対して公的な財政的援助をすることは、それによつて学問の自由、思想及び良心の自由を侵害しない限りにおいて、憲法秩序全体からして許されていると解し得ることは、既に見たとおりであるし、わが国において私立学校に対する公的助成が広く必要とされる社会情勢にあることも前記のとおりであり、かような総合的観点からするときは、憲法八九条後段の規定する「公の支配」に属する事業とは、国又は公共団体が人事、組織、予算等について根本的に支配していることまでをも必要とする趣旨ではなく、それよりも軽度の法的規制を受けていることをもつて足り、私立学校について言えば、教育基本法、学校教育法、私学法等の教育関係法規による前認定の程度の法的規制を受けている場合には公の支配に属しているものと解し得るのである。それゆえ、およそ私立学校に対する公的助成が憲法八九条後段に違反するとの主張は、採用することができない。
(2) 次に、原告らは、私立学校に対する公的助成が違憲ではないとしても、助成目的及び助成態様において憲法上の限界があり、本件公金支出等は、右限界を超えるものであるから違憲である旨主張する。
憲法二三条や八九条後段の前述のような立法趣旨に鑑れば、私立学校に対する公的助成は、その目的及び効果において、私立学校の自主性、独立性を害し、あるいは私立学校の基礎となつている特定の信念、主義、思想等を助長することにより、思想、良心及び学問に対する国家等の公正、中立性がそこなわれる場合には、許されないのであるが、これを本件公金支出等について見るに、前記第二(帝京大学附属病院誘致に関する経過)で認定した事実によれば、市原市は、同市における医療過疎状態を解消する施策として総合病院の誘致を決め、市原市の示した誘致条件に帝京大学が最も近い条件を示し、私立大学の医学部附属病院を誘致することは教育振興にも資すること(なお、前掲乙第一六号証によれば、市原市においては、昭和五六年度ないし同六〇年度の五か年計画として、病院誘致とは別に、大学誘致も検討されていたことが認められる。)から、帝京大学附属病院を誘致するため本件公金支出等をすることに決定するに至つたものであり、それは帝京大学附属病院が有する医療機関としての機能性に着目して地域医療の振興を主たる目的としてなされたものであること、本件土地の無償譲渡を受ける帝京大学は、市原市との間で締結された「総合病院の新設に関する基本協定書」(甲第五号証の一)に基づき、「帝京大学医学部附属市原病院計画書」(甲第五号証の二)にもられた総合病院を設置すること、右計画書に変更の必要が生じたときは市原市と協議することが義務づけられていることのほか、無償譲渡を受ける本件土地については、所有権移転登記後一〇年間は第三者に譲渡することができず又は他の目的に使用することはできないこと、その責に帰すべき事由によつて病院建設を遅滞したときは市原市に対し損害賠償義務を負うこと等の制約を受けるが、これらの制約はいずれも病院建設に関する私法上の契約義務の範囲内のものであつて、市原市が帝京大学に対し、その建学の精神に基づく独自の伝統ないし校風と教育方針について影響を与えるような性質のものではないことが明らかで、かような事実関係からすれば、本件公金支出等がなされることによつて、帝京大学の自主性、独立性が害され、あるいは同大学の基礎となつている信念、主義、思想等を助長する結果となるとは考えられない。また、市原市は、前記基本約定書に基づき、無償提供する本件土地の使用処分等について前述した各種の管理・支配権限を有しており、他方、所轄庁である文部省は、本件土地に関しても助成法の規定による助成として同法一二条の定める権限を行使することができるものと解すべきであるから、公金等の支出が公正、適正に行われることは担保されているということができる。
たしかに、憲法八九条後段の趣旨からすると、私立学校に対する公的助成には自らの限度があるべきことは、そのとおりであろうが、本件公金支出等には右に認定したとおり教育振興目的が含まれているところであるし、公金の使途も明らかでその支出に伴う公的な監督権限の担保もあり、かつ、本件公金支出等の公的助成が帝京大学の私立学校としての独自性等を侵すものではない範囲、態様のものである以上、これを以て同条後段に違反するものということはできない筋合である。
二 私学法五九条、助成法違反について
原告らは、私学法五九条及び助成法による私立学校に対する助成は、教育振興に主たる目的がある場合に限られ、かつ、所轄庁が管轄内の私立学校に対してする経常的助成のみが許されているのであつて、市原市が管轄権を有しない帝京大学へ資本的助成をすることは右各法律に違反する旨主張する。
しかし、私学法五九条及び助成法一条の趣旨からして、私立学校に対する公的助成が教育の振興の目的を有することを必要とするにしても、本件公金支出等に教育振興目的があることは前認定のとおりであつて、そこに地域医療の振興という他の目的が併存している場合には助成が許されないと解することはできない。また、助成法は、私立学校における教育又は研究に係る経常的経費について、四条において、国が大学又は高等専門学校を設置する学校法人に対してする補助につき規定し、九条において、都道府県が小学校、中学校、高等学校等を設置する学校法人に対して補助することを前提にした規定を設けているほか、一〇条において、その他の助成として、国又は地方公共団体は、学校法人に対し、補助金を支出し、又は通常の条件よりも有利な条件で、貸付金をし、その他の財産を譲渡し、若しくは貸し付けることができる旨を規定している。右助成法の諸規定に照らせば、経常的経費に関しては、大学又は高等専門学校を国が補助し、高等学校以下を地方公共団体が補助するという助成態様の形式がとられているが、それは高等学校以下の教育は第一次的に地方住民の手によつて行われるべきであるとの考慮に基づくものであり、右態様形式以外の助成あるいは経常的経費の補助以外の助成を一切禁止する趣旨であるとは解し難く、むしろ、助成法一〇条は、本件公金支出等のような地方公共団体が私立大学に対して行う特定目的のための一回的な助成をも容認する趣旨で規定されているものと解されるのであり、原告らの前記主張はいずれも失当である。
三 憲法一四条違反について
原告らは、本件公金支出等は、医学部のない私立大学に対する関係及び市原市内の開業医、病院に対する関係において憲法一四条に定める平等原則に違反する旨主張する。
しかし、市原市が本件公金支出等を行うのは、教育の振興のほか地域医療の振興を図り、その方法として私立大学の医学部附属病院を誘致しようとするためであるから、本件のような病院用地を提供するという私学助成が、医学部のある大学を対象とし、医学部のない大学をその対象から除外しているのは、むしろ当然であるということができ、両者を区別して取り扱うことには合理的な理由が認められ、また、市原市は、首都圏にある一四の私立大学に対して市原市への進出の意向を打診した結果、帝京大学が市原市の誘致条件に最も近い条件で進出の意向を示したことから、帝京大学に対して本件公金支出等の助成をすることを決定したのであるから、帝京大学のみを不当に優遇したものということもできない。
他方、市原市は、地域医療の振興のためには総合病院の設置が必要であると判断し、その方法として、財政上の問題と医療スタツフ上の問題とから、公・私立大学の医学部附属病院の誘致(これには教育振興の目的も兼ね備えていることも考慮されている。)ないし公共性のある総合病院の誘致を選択したのであつて、公金の有効な支出につき、その目的及び方法において合理性が認められるというべきであり、本件公金支出等の結果、市原市内において同一の資格で同様の医療を営む者との間に財政的援助の面でその取扱いに差異が生じたとしても、これをもつて憲法一四条の平等原則に違反するということはできない。
四 本件公金支出及び本件無償譲渡の不当性について
原告らは、市原市の医療の現状から判断して、帝京大学附属病院のような大規模な病院を誘致する必要はなく、また、民間医療機関の現状、将来の増加を分析することなく右誘致を決定したものであるから、本件公金支出等は、地方財政法二条、八条及び医療法七条の二の趣旨に反し、著しく不当で違法である旨主張するので、この点につき検討する。
前記第二において認定した事実によれば、市原市は、数回の市民アンケートの結果、総合病院の設置に対する市民の願望が強かつたこと、人口一〇万人当たりの医師数、一般病床数等を全国平均、千葉県平均と比較した結果、市原市の医療水準は低く、医療過疎状態にあると判断したこと、地域医療を確保するため千葉県の指導に基づいて設置された市原市医療協議会に諮問したところ、総合病院の設置については誘致を前提に検討すべきである旨の答申を得たことなどから、市民の医療需要に応じるためにはある程度の規模と設備を有する総合病院を設置する必要性があると判断したものであり、また、その方策として、市直営の市立病院を設置することは財政的・人員的面から困難であること、国・公立医科大学の附属病院等の誘致については関係官庁において不拡大方針をとつているため無理であること、私立医科大学の附属病院を誘致するには何らかの助成をする必要があつたところ、帝京大学が市原市の示した誘致条件に最も近い条件で進出の意向を示したことなどから、市原市医療協議会に再度にわたつて意見を求め、その答申に基づき、あるいは市議会の決議に基づき、市原市の財政状態を十分考慮したうえ、最も有利な方法を選択すべく検討した結果、帝京大学附属病院の誘致を決定したことが認められるところ、市民の医療需要に応えるための方策として、総合病院を設置する必要があるか否か、その総合病院をどの程度の規模とするかなどの判断や、外部の大規模病院を誘致するか、それとも既に存する病院を拡充強化するか、あるいは地元医師会経営の病院を新設するかなどの選択は、行政庁としての市原市の裁量行為に属する事柄であり、前記事実関係に照らせば、市原市が帝京大学附属病院の誘致を決定したことは、社会観念上一般に認められる裁量権の範囲を著しく逸脱した不当なものであるとは認め難く、また、本件公金支出等が地方財政法二条、八条又は医療法七条の二の趣旨に反するともいえない。
したがつて、市原市においては若年者人口が多くそのため病床利用率が低いこと、市原市は千葉市と合わせて一個の医療圏を形成していること及び市原市の財政状態が良好とは言えないこと等を指摘して帝京大学附属病院誘致を論難する原告らの主張は、その指摘に一面において正鵠を得たものがあるにせよ、ひつきよう、市原市における医療政策の選択ないし決定につきその当否を論難するものに外ならず、未だ本件公金支出等を違法たらしめるに足るものではない。
第四結論
以上の次第で、その余の点について判断するまでもなく、両事件についての原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 友納治夫 河村吉晃 濱本光一)
物件目録<省略>